苦しみの構図から抜け出すには【スピリチュアルメッセージ】

スピリチュアルメッセージ

なぜ人は苦しむのか。これは2600年前、お釈迦さまが四門出遊の中で、人が老いや病に苦しみ、そして死を迎えることに対する苦しみを目にして、出家を決意した話がありますね。苦しみは、人が生きていく上での根源的な問題として大きなテーマになっています。

人は物心がついてから多少なりとも悩み、苦しんで生きています。

私は物心がついてから、苦しみを集めている構造が、苦しみの構図として理解するに至りました。

具体的には、すべての現象は人の心の問題であるということです。思い浮かぶものにとらわれているということは、私が執着しているもので手放せないものということです。それは自身が生きていく中での縁によって、カルマによって縛られているということです。そのままにしておくと、中々抜け出せない構図になっています。これを解消していく行為が、いわゆるお釈迦様の修行やヨガ聖者の修行だったんですね。

執着したものをより大きくするのは心の作用です。そして真理を知らないために、苦しむんですね。苦しみは無明によって集められている構造です。そして苦しむのは、自我の確立と非常に関連があります。自我が確立すると、苦しみが生まれるんです。自我が暴走すると悪因悪果になり、より苦しみます。こういった話はあまりされませんし、今の社会では軽視されている内容です。なぜなら人は自我の確立が前提の社会に生きている構図になっています。ですから、苦しみの構図が社会そのものを形成しているんです。だから簡単に抜け出せない構造にもなっています。

本来、人は苦しみから解放されたいと願うものです。生まれてから物心がつくにつれ、どんどん苦しさが増していきますが、それでもがき続けます。しかし、明確でない幻想にもがいているし、現代の自己優先の社会からはその苦しみを解消する方法が見えにくくなっています。結果として、さらに苦しみが増してしまいます。思いがけず、苦しみから解放されたいと願っているにもかかわらず、その苦しみを積極的に引き寄せていることになります。苦しみが完全に消える状態を解脱と呼びます。そのため、ほとんどの人は少なからず苦しみを抱えていますが、生きている中で喜びや楽しみに満たされることも可能です。そのためには、とらわれている状態から解放されるトレーニングを行う必要があります。

しかし、特別な修行が必要かというと、実は自然に少しずつ可能なのです。ますは、思い浮かぶものに気づくことから始めると良いでしょう。思い浮かぶものは、自分で意識的に行っているのではなく、勝手に行われていることに気づくことが重要です。この思考が高速に回転すると、感情や行動、身体反応が生まれます。例えば、上司に叱責された後の反応が、自分がだめだと思って落ち込むか、期待されていると思って頑張るかは、個人によって異なります。これを自動的に任せず、気づくことから始めることが大切です。

気づくことで、これらの思考を手放すトレーニングを日常の中で実践してください。何もせずに放置すると、これらの思考は自然に消える傾向があります。手放すトレーニングは、思考をシューティングゲーム感覚で撃ち落とすような感じや、動詞を使って実況中継する方法、無視する方法、なぜなぜと繰り返し問答する方法などがあります。気づいたままにしておくだけで、取り扱い厳禁の状態で生活を続けることができます。しかし、縁を生じさせないようにするためには、繰り返しトレーニングが必要です。

瞑想や坐禅を行い、強制的に動かない状態を作り、縁を生じさせない瞑想を行うことが最も効率的です。ただし、日常の中で発生する思考の数は膨大であるため(1日6万回)、坐禅や瞑想の時間だけでは解決できません。常に気づきをもって生活することが不可欠です。

実は、起きている現象そのものには通常の意味がないことを理解すると、自由であることが分かります。私たちには自由が与えられており、何を選択することも可能です。そのため、手放すトレーニングを選ばないことも可能です。ただし、カルマの構造を理解し、軽やかに生きるために試してみることをお勧めします。手放すことが楽になると、生活がどんどん軽やかに変わり、智慧が生まれてさらに楽になります。これはすべて自分で行うことが前提です。他人にやってもらうことはできません。自分でやり、法則に従うことが重要です。

最後に、苦しみは実は存在しないもので、心が創り出しているものです。取り出すことは難しいですが、過去のとらわれも、過去は今がとらえている現在です。ですから、変化は可能です。苦しみから解放されるためには、あらゆる現象をそのままにしてみて、手放してみることが大切です。

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