私たちのこの身というのは、何かを自動で感じたり考えたりする生き物です。
自身が無自覚に動いていた状況から気づきがあることで選択が始まります。
自身が選択したいものが自身を形成し、自身を創造しているわけです。
この気づいているという状態をつくるためには、瞑想がもっとも最短で分かるようになります。静かに過ごすことで、自身の思考がこれだけたくさん起きていることを気づくようになります。なぜなら人間は1日6万回思考しているといわれており、ほとんどが自動で行われているわけです。これを静かな環境で瞑想を繰り返していくと、自身が起きている自動思考に気づくようになります。
この習慣は生活の中にだんだんと応用できるようになります。心が静かになってくることで気づきが入るようになるのですが、気づきが入ることで、自身の生活をクリエイトすることができることが始まっていきます。
何かというと気づきというのは、手放しの始まりだからです。
つまり気づいていれば、そのままにすることができれば消えていきます。
どんな出来事も永遠に続かないという真理を活用していきます。
これは感覚も同様です。痛みもかゆみも気づいたら、反応するように対応していませんか。
かゆみが生じたとします。これに気づきます。これをそのままにしてみたことはないですよね。ほとんどの人がかゆい=掻くということを人生での多くを無意識で選択しているんです。このパラダイムを変換していきます。かゆみを気づいたらそのままにしてみて下さい。ずっとそのままかゆみを見てみてください。これを本当にきづいたままできるようになると、消えゆくことを体験することができます。これは思考も同様です。浮かんだとらわれた思考に気づいたとしたら、そのままにしてみましょう。消えるまでそのままにするんです。そうすると別の思考が起きてくるはずです。
それで皆さんは何を選択しますか。自身の自動思考はある種、縁起という形で、繰り返してきた歴史に影響されていきます。ですから、これを自身がありたい姿にクリエイトしていくことで選択できます。ありたい姿とギャップが大きければ、自動的に思考されていく思考というのもありたい姿からある程度の距離があるでしょう。これを気づいたら打ち消すこと、ありたい姿に近いものを選択し続けるわけです。そして、自らのありたい姿に近づいていくわけです。
つまり私たちは気づきが手放しの始まりであり、手放しは自身の新しいあり方への創造の始まりを意味しているわけです。
ここで今までの内容を整理していきましょう。
以上ここまで話してきましたが、みなさん理解できましたでしょうか。これはある程度瞑想や、精神世界に精通していると、笑っちゃうくらい基礎的な内容ですが、これを言語化してまとめることが難しいので、なんとなくこういった方法をとっていることが多いです。それはさておき、皆さん、この法則はなんにでも応用できますし、精神世界で考える必要もありません。あらゆる自己実現、自己啓発と同じです。これをすれば、なんにでもなれることを意味しています。
ただわかったと思いますが、縁起です。今までの自己の状態からすべてが始まりますから、なんらかの自己の状態が、ありたい姿に近い状況であれば実現が早くなるということです。
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