日常の中での苦しみがどうゆう時に生じているのかに気づいていくと、一つの答えが見えてきますね。今回はどうゆう風に過ごすと辛い、苦しいから脱却できるかについてお話していきます。
苦しみやストレスの原因について、苦しみやストレスってどうゆう時に生じていますか。いつも生じている人は、なかなか抜け出せない方もいると思います。時々そうゆう風に感じる人は、それぞれ何らかの方法で脱却しているのではないかと思います。例えば、好きなことをする、早く寝る、美味しい食事をとる、友人と話すとかですとかですね。この辺りは、皆さんも有効な方法と感じている方もいると思います。実は、今回話す内容自体は、そういった手法の根源的な部分への解決につながる理解に結びつくのではないかと思います。
結論を申し上げます。苦しみやストレスと感じているのは、過去を生きてしまっているからです。私たちの多くは、今を生きていないんです。これって一般的に言えば、理解しがたい事態が起きているという事になるかもしれません。逆にいうと、今を生きていると苦しみやストレスは感じなくなります。これが、答えです。今は風の時代ですね。風のように後を残さず過ごせば、苦しみやストレスは感じないんですね。
苦しみやストレスを感じているときというのはどうゆう時でしょうか。少なくとも今ではなく、振り返った過去にありますね。過去の時間軸は人によって違います。そして、振り返った過去が、固定的なイメージとして刻み込まれてしまっています。昔言われたあの言葉が、今も私を苦しめるという事があったとします。これは、今も同様にその言葉による感じ方が一緒であったり苦しみやストレスを感じる状態であるということですね。それで身体反応や感情に大きく影響が出てしまっています。これは、人によって違いますね。どのような発言や出来事によって、ずっと付きまとうかのように忘れられなくなるのか。ここを脱却するためには、心の状態に気づきが入らなければ、スタートを遂げることができないわけです。
また過去というのは、何から生まれますでしょうか。実はこれは思考です。考えている時というのは、今を生きていません。考えている時というのは、考えているという時点で過去を生きている行為です。今というのは、目下、その前の前の現実を指していますから。思考というのは、非常に有用な手段でもあります。人は思考することによって、現代社会を構築してきました。ですから、完全に悪いというわけではないのですが、思考は時に悪さをしてしまい、人を苦しめてしまいます。思考自体が悪さをしているというより、私たちが思考を自分だと思う事によって、余計に状態を混沌とさせてしまっています。
ここでまたひっくり返るような話をしています。思考は私ではない。これはどうゆうことを指しているのでしょうか。思考は私ではないことを体験してもらいましょう。
それではみなさん今から私が言うとおりにやってみてください。
皆さんは自分の思考が私であるとしていますね。そうすると思考は私がやっているので、思考を止めることもできるという事になります。
ですので、今から30秒間、何も考えないでください。
それでは始めていきます。スタート
如何でしたでしょうか。勝手に何かを考えませんでしたか。これは実際には、長い時間を使って体験するワークです。これをすることによって、自分の正体をするスタートになります。勝手に思考するこの正体を突き止める旅に出ることになりますね。これを理解したら、この思考から少し離れてみてください。できれば常にです。これができるようになると気づきが入ります。そして気づくことによって、思考は過去になりますから、今に戻ることができるんですね。今に戻るときというのは、苦しいときやストレスを感じている時です。これはエネルギーが強いので、気づきを入れても、なかなかいう事を聞いてくれないかもしれません。
ただ繰り返すことによって、消える瞬間まで見えることになります。そしてみなさん苦しいやストレスというのは、永遠には続きません。これは痛みの観察でも同様です。高速で状態を捉えていくと、痛み自体も痛みが強弱の変動と共に、動きをもって持続しています。そして24時間365日、人というのは同じことを継続することはできません。いつの間にか切り替わっていることを皆さんは継続しています。例えば睡眠。例えば没頭できる事に集中している時。
ここまで話しましたが、少しでも内容を理解することで、気づきが深まりまることが、今回のゴールです。今を生きている状態は、目の前で繰り広げられている世界に五感を完全に開放している状態です。このときには、全てが愛おしいく愛らしく完璧に見える状態です。これは、苦しみやストレスというのが一切そこにはありません。
つまり覚醒するとか統合するというのは、こういった状態が継続しているということです。ですから様々なことを学習しながら、今を生きる練習をしていく必要があります。これは特別なことをする段階から、普段の日常で行うことに変換できるまで、気づきのレベルがたかまり、今にいることが習慣化することによって、例えば瞑想やワーク、修行のようなところから離れていくことができるのだと思います。
コメント